映画『365日のシンプルライフ』の感想と幸せについて考えてみた

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『365日のシンプルライフ』という映画が、シンプルライフやミニマリストの中では有名です。面白いか面白くないかは人によって異なるでしょうが、そのメッセージ性は非常に興味深いなと感じました。

今回はこの映画から「幸せ」について考えてみたいと思います。

			
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まずは『365日のシンプルライフ』の簡単なあらすじを。

映画「365日のシンプルライフ」は、究極の断捨離を描くことで、モノと幸福の関係を描いたフィンランドの作品。

主人公の青年ペトリが、ある日彼女にフラれたことがきっかけで、モノに溢れた自分の部屋が嫌になるところから、ストーリーは始まる。自分が持つモノを1度全部倉庫に預け裸一貫となったペトリは、実験的な生活をおくることを決断する。

ペトリが行なった実験生活のルールは実にシンプル。守るべきはたったの4つだ。

1.持ちモノ全てを倉庫に預ける
2.1日に1個だけ持ってくる
3.1年間、続ける
4.1年間、何も買わない

映画では、すべてを断捨離したペトリが、雪の中ヘルシンキの街を全裸で倉庫まで走るシーンもある。パンツもコートも歯ブラシも、冷蔵庫だって部屋にはない状態で実験は始まる。

毎日1アイテムしか持ち帰れないというルールを作り、今本当に必要なモノは何かを見つめなおす。モノが溢れた現代において「真の幸せとは何か?」を問いかける内容となっている。

引用元:GQ

全てを倉庫にぶち込んで強制的に断捨離を行ったペトリは、少しずつ「生活に必要な物」を揃えていきます。

そして、その過程で「幸福感」を得ます。
つまり、「幸福度=物の量」なんですね。

また判断基準も至ってシンプルです。
「必要か不要か」ということだけですから。

しかし、あるラインから幸福度は下がっていき、いくら物が増えても幸福とは感じなくなってくる。

それは「生活に必要な物だけがあっても、人生が豊かではない」から。

人生は「食事をして、働いて、寝ればいい」というものではありません。それだと「生きる機械」と同じです。

では、何が人生を豊かにさせ、彩りを加えるのか?

それは「趣味」や「恋愛」や「人間関係」や「自己成長」といった要素です。

ペトリは物が増えるだけでは幸福感が増えないという停滞期を、「自分が楽しめるための物」を揃えることで乗り越えます。

そして物語の途中でペトリに恋人ができます。

その恋人はアウトドア派だったので、アウトドアに必要な物を今度は揃えるようになります。

ここで「自分の生活に必要な物から、恋人との生活に必要な物」に変化します。

「私」ではなく「私たち」になったのです。

さらに恋人の冷蔵庫が壊れるという事件が起こり、修理しようとするが修理は不可。

結果として「新しく買うか無視するか」という選択を迫られるのですが、新しく買えば実験のルールを破ることになるし、無視すれば困っている恋人を助けないということになる。

結果的には第三の選択肢が登場して無事解決するのだけど、果たしてペトリは365日過ぎた後、365個の物を手に入れた後、どうなってしまったのでしょうか?

 

結論としては、

「生活に必要な物は、100個くらいだと分かった」
「その次の100個は、生活を楽しむため」

という答えを出します。

別の言い方をすると、こうなります。
とてもしっくりくる意見があったので引用。

ひとつめは、生きていくのに必要なモノ。
ふたつめは、あれば便利なモノ。
みっつめは、幸せを感じさせてくれるモノ。

引用元:たそがれノート

この「たそがれノート」のクイチさんの考えはうまい表現だなって思いました。

そしてもう少し細かく分類すると、「マズローの欲求5段階説」とリンクしてくると個人的に考えています。

・生理的欲求=生きていくための本能的な欲求(衣食住など)
・安全欲求=安全安心に暮らしたい欲求(家や家具家電など)
・社会的欲求=孤独感や不安を感じたくない欲求(集団や組織に所属など)
・承認欲求=他者から認められたり、褒められたい
・自己実現欲求=自分の能力を出したり、自己表現したい

日本で住んでいれば「生理的欲求」「安全欲求」で必要になる物の大半は手に入っている状態です。だから、日本人は先進国なのに幸福度が低いんです。

それはペトリが途中で気づきますよね、「生活に必要な物だけがあっても、人生が豊かではない」と。

だから高度経済成長期の人の方が現代人である僕らより色々と不便であっても、幸福度は高かったと思いますよ。ドンドンと便利な物が増えてきて、それが買えるだけの豊かな生活になっていったのだから。

逆に発展途上国で貧困で苦しんでいるのなら「生理的欲求」「安全欲求」すら危ぶまれている状態なので、僕らが生活上当たり前にある物が手に入っただけでも彼ら彼女らは幸せを感じるのです。

だって、初期のペトリのように物がない状態で、幸福度も最初は比例関数的に増えていくものですからね。

 

では、僕ら日本人は生活に必要な物が揃っている状態でどうすれば幸福を感じることができるのでしょうか?

多くの人が幸福を求めて手を出すのが「社会的欲求(所属欲求)」「承認欲求」です。

「みんなが持っているから」「流行っているから」などの「みんなと一緒」という所属欲求のために物を買ったり、「最新のiphoneを持っている」などの承認欲求のために物を買うという行為のことです。

もちろん、これらの欲求も必ず一度は通らないといけない欲求ですので、それ自体が悪いものではないのですが、こういった欲求から来る購買に対して何かしらの虚無感や徒労感を持った人が、ミニマリストやシンプルライフへと進むのかもしれません。

そして、「所属欲求」や「承認欲求」での購買を続ける生活の中で「本当に自分が必要な物とは何なのだろう?」と、きちんと自分と向き合っていった結果が「自己実現欲求」による購買になると思うのです。

自己実現欲求による購買になると、人によっては必要最低限の物以外は全部捨てて何も買わないというミニマリストのパターンになるかもしれなし、トランク1つだけで浪漫飛行へ行けるようになるミニマリストのパターンになるかもしれない。

他にも趣味のためにはお金を惜しまないがそれ以外は質素にするといったシンプルライフ的なパターンもあるでしょう。

「自己実現欲求」なので、その表現の仕方は人それぞれ、千差万別です。

ただ、これは以前もお話しましたがミニマリストやシンプルライフを意識する余り、無駄な物を排除することにばかり頭を使う余り、「そもそも生活の楽しみとは何か?」「豊かな人生とは何か?」という本質的なことを忘れてはいけないということです。

 

例えば「ダンボールと寝袋で寝る人」や「服を1着しか持たない人」がいたとしましょう。

その生活の「動機」がいったいどちらなのかによって、大きく異なります。

ミニマリストの世界で「あいつはすごい!あそこまで追求するなんて・・」という声が欲しいから、つまり「所属欲求」や「承認欲求」なのか。それとも「この生活が自分のベストのサイズ感なんだ」ということ、「自己実現欲求」なのか。

これって大きな違いがあるってわかりますよね?

まぁ、『365日のシンプルライフ』で言っているメッセージからすると、両方とも「うーん・・」って感じはしますけど。

要するに「モノより思い出」じゃないですけど、「幸福はモノではなく人との繋がり」であるということだと思うのです。この映画が言いたいところって。

そして、これは「お金、時間、思考」なども同じでしょう。

例えば、お金を自分のために使うよりも、他人のために使う。
自分のことばかり考えるのではなく、他人のことも考える。

もちろんバランスが大事で、自分の生活が困窮しているのにボランティアに精を出すというのは正直おかしいと思います。

ただ、ある程度バランスが取れていて自分の生活も十分にやっていけるなら、ミニマリストやシンプルライフや断捨離をして余ったエネルギーを「人との繋がり」「他人に対して」使うことで、より幸福を感じやすくなるのかもしれません。

 

『365日のシンプルライフ』に関しては一度見れば十分だと思います、買うほどのものではない。

なので、amazon経由でPC・iphone・ipad・kindleなどで1日レンタルで見るのをオススメします。

まだDVDなどでは発売していませんので、おそらくTUTAYAでレンタルというのもできないかと。・・と思ったらTUTAYAでもレンタルできるみたいですね。調べてみたら普通にありました(笑)

まぁ、探す手間とか借りる手間それに対する時間などを考えたら、さくっとネットレンタルした方が無駄も省けて効率的ですけどね。


365日のシンプルライフ(字幕版)

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